動物の抽象彫刻とはどのようなものでしょうか。
抽象彫刻は現代において、私たちがより自由に、多様で、エネルギッシュに芸術活動を行うために発展してきたもの。
かたや動物は私たちが表現したいと思う対象として、いつも大きな魅力を持っています。
結論から言うと、動物の抽象彫刻とは、動物の外形ではなく「生命のエッセンス」を素材に刻み込む方法です。
この記事では、皆さんが抽象動物彫刻の制作や鑑賞を楽しんでもらうための、ヒントを提供するのが目的です。
抽象的な動物彫刻表現の魅力を、40年間石の彫刻を制作してきた私自身の体験を踏まえて、お話ししてみようと思います。
この記事では、
私が抽象動物彫刻を始めたきっかけ
抽象彫刻と具象彫刻の違いについて
抽象動物彫刻の歴史的考察
私の制作実践について
初心者のための制作のヒント
を知ることが出来ます。
ぜひ最後までお付き合いください。
動物の抽象彫刻とは? 私が制作を始めたきっかけ
「抽象」と「動物」が私の中で最初に結びついたのは、ある病院にゾウさんの彫刻の注文を受けたのがきっかけでした。
その病院はサイン看板やパンフレットなどにゾウさんのイメージを使っていました。
院長先生はゾウが好きだったんですね。
それまで私は動物彫刻は作ったことがなく、人物などの具象的イメージを連想させない有機的な抽象彫刻を作っていました。
その頃の私は、彫刻の中で石の持つ素材感、石の持つ生命感を表現したいと思っていました。
この新しい試みの機会を得て自分なりの造形を模索したのが始まりです。
改めて動物の彫刻について調べてみると、歴史を通じて動物の彫刻は多く作られており、特に古代や原始時代の彫刻は抽象的な要素が色濃いことに気づきました。
そして抽象彫刻の父とされる彫刻家コンスタンチン・ブランクーシや20世紀最大の彫刻家と言われるヘンリームーアなどが多くの動物彫刻を作っていることもあり、抽象動物彫刻の可能性に思いを馳せるようになったのです。
動物の抽象彫刻と具象彫刻の違いとは
抽象彫刻と具象彫刻というと、写実的な彫刻とそれ以外の彫刻表現という風に分けることが一般的なようにも思います。
抽象彫刻の中には純粋に幾何学的な彫刻など、多種多様な形態があります。
しかしここではある程度範囲を絞って「具象(写実)」と「抽象」という二つのアプローチの違いについて、私の考えをお話ししていきましょう。
どちらも彫刻的手法によって「生命の輝き」を描き出そうとする点では同じですが、その表現言語が違います。
具象(写実)彫刻:生命の「現れ」を語る
具象は、解剖学的な正しさや筋肉の運動、皮膚の質感といった「目に見える真実」を積み重ねることで、その動物の生命感を表そうとします。
いわば、肉体的な言葉で生命を表出しようとする、どちらかと言えば、「雄弁」なアプローチです
抽象彫刻:生命の「気配」を刻む
一方で、私が主に制作している抽象彫刻は、そうした外側の説明をあえて削ぎ落とします。
羽や毛並みの代わりに、鳥が空へ向かう「上昇するエネルギー」や、猫が背を丸めて座っている「静寂の塊」そのものを抽出しようとする。
説明以前の直感にダイレクトに訴えかける、「形という沈黙」へのアプローチです。
抽象彫刻は動物の「エッセンス」を表すことが出来ると言えるでしょう。
抽象と対比する具象動物彫刻の系譜
抽象動物彫刻について詳しくお話ししていく前に「具象(写実)動物彫刻」について少し具体例を挙げて見ておきましょう。
18世紀と20世紀に活躍した二人の彫刻家を紹介します。
アントワーヌ=ルイ・バリー 一瞬の描写と筋肉の躍動
19世紀フランスの彫刻家で、「アニマリエ(動物彫刻家)」というジャンルを確立した祖です。
彼は動物を解剖してまで骨格や筋肉を研究し、獲物を狩るライオンの獰猛さや、筋肉の震えをドラマチックに表現しました。
それは「剥き出しの自然」をそのまま石やブロンズに封じ込める試みでした。
フランソワ・ポンポン ─ フォルムの整理と親しみ
ブランクーシと同時代に活躍したフランソワ・ポンポン(代表作:『シロクマ』)は、写実をベースにしながらも、毛並みなどの細部を削ぎ落とし、滑らかな曲面で動物の量感を表現しました。
抽象への架け橋とも言える彼のスタイルは、動物の「愛らしさ」や「静かな佇まい」を際立たせています。


動物の抽象彫刻を作る① 古代エジプト彫刻の生命感の秘密
学生時代に見た一枚の写真
さてここからは抽象動物彫刻についてお話していきましょう。
私が美大生の時、ある雑誌の表紙をエジプト彫刻が飾っていました。
それは確か王妃の頭部の彫刻でしたが、私はその美しさに一瞬で引き込まれてしまいました。
その時の私が感じたのは、
「なんと美しい石だろう。」
というものでした。
「なんと美しい彫刻だろう」
ではなかったのです。
その彫刻からは石そのものの生命ともいうべきものが放出されているようでした。
古代のエジプト人は石や木の中に「神聖なもの」を見ていたのです。
石はただの鉱物ではなく「神」を宿すもの、あるいは神の一部だったのです。
そこには私たちがイメージするような「神への信仰」ということはあるにしても、それよりはむしろ、石の中に宇宙を感じるような豊かな感性を意味していました。
この学生の時の体験は私にとって衝撃的なものでした。
そしてその後の私の仕事を決定づけたと言えます。
ホルス神に見る造形の美学
古代エジプト人にとって特定の石を切り出し、磨き上げる行為は混とんとした物質の中から「秩序(マアト)」と取り出す神聖な作業でした。
古代エジプトの神殿の前にたたずむ御影石で出来たホルス神の像などは、羽の一枚一枚を彫りこむようなことをしていません。
そこには以下のような造形的な特徴があります。
幾何学的な純化
実際の鳥の凹凸を整理し、円柱や円錐といった幾何学的なボリュームに置き換えています。
内側から張り出す力
表面の細部を削ぎ落とすことで、逆に石の内側から外へ向かって押し出すような「内なる生命力(テンション)」が強調されます。
古代エジプト人にとっての「抽象」
鳥という存在のイデア(純粋な形)を表す
古代エジプト人にとって、目に見える「今、ここにいる個別の鳥」は、いつか死んで腐敗し、消えてしまう儚い存在(幻想に近いもの)でした。
それに対して、彼らが石に刻もうとしたのは、個体を超えた「鳥という存在のイデア(純粋な形)」です。
彼らにとっては「目に見える変化するもの」よりも「目に見えない、変わらないもの」こそが真実(実体)でした。
実体は石の中にこそあったのです。少なくともそれが古代エジプト人が石に向き合う時の姿勢だったのは確かだと思います。
古代人の「直観」という凄み
現代の私たちは、知識や言葉で「抽象」を理解しようとしますが、古代人はもっと身体的で、「直観的」だったはずです。
そしてそれからもたらされるものは豊かなものでした。エジプト彫刻からにじみ出てくる生命の輝きが何よりそれを物語っています。
抽象動物彫刻を作る② ブランクーシの革命
抽象彫刻の父と言われた、ルーマニア出身の彫刻家コンスタンチン・ブランクーシは、それまでの西洋の写実主義の伝統を破って、抽象彫刻を確立しました。
それと同時に古代彫刻、原始彫刻における「素材における聖性の顕現」を復活させました。
古代人が石の中に「宇宙の秩序」や「神」を見ていたように、20世紀のパリでブランクーシもまた、石の中に「聖なる光」を見ていました。
ブランクーシのアトリエで修行していた若き日のイサム・ノグチが後年このように回想しています
「ブランクーシは、石やブロンズの塊の中に、単なる形ではなく『太陽の輝き』を見ていた。彼は素材を磨き上げることで、その内側に隠されている宇宙的な生命力を引き出そうとしていたのだ」
そのブランクーシが多く作ったのが動物の彫刻です。
ここで彼が大事にしたのは外形を写すのではなく動物たちの本質を表そうとしたことです。
「真実とは、外側の形にあるのではない。物の本質にあるのだ。その本質を捉えようとすれば、自ずと形は抽象へと向かう」
との言葉を残しています。
鳥は飛翔し、魚は泳ぐその精神を表すことがそれらを真に表すことになると考えました。
純粋な精神が石と融合するとき石は輝きだす。
石が精神そのものとなるのです。
大切なことはブランクーシの彫刻が如実にそのことを物語っていることです。
ところでブランクーシはなぜ動物を多く作ったのでしょうか。
これは私の推論ですが、
動物は自分の本質に忠実に生きている存在だからではないでしょうか。
犬は犬であること以外を考えませんし、鳥は飛ぶことにすべてを集中して鳥として生きています。
余分なものがないから、精神が石の言葉を通して直接出てきやすいのかもしれない。
だから石そのものが美しくなった、そんな気がします。
抽象動物彫刻を作る③ 私の実践
頭の中にあるイメージよりも何十倍も素晴らしい?
「古代の彫刻家」が石の中に神を封じ込めようとしたように、ブランクーシは石の中に『飛ぶこと』や『生きること』の純粋なエネルギーを見出しました。
それは40年石を叩いてきた私にとっても、変わることのない北極星のような指標です。
その中で気づいたことがあります。
それは
頭の中のイメージが実際に石の上に表現されたとき、彫刻は頭の中にある時よりも何十倍も素晴らしい
というものです。
彫刻とはそういうものだと今も強く思っています。
彫刻は内なる精神を、(あるいは感じ取った精神を)素材の言葉に翻訳したものです。
その素材の言葉を通して精神が語られる。
石が精神そのものとなる。
誰にでも備わっている直観力
さて、今私が話していることは、実践上は本当に可能なのでしょうか?
古代人の旺盛な直観力?
ブランクーシの天才性?
両方とも私たちには備わっていないのでは?
私が40年彫刻をやってきて結論として言えることは
誰にでも可能である
ということです。
確かに現代人は生活が便利になりすぎて、古代人に比べて深い直観と洞察力が弱まっているかもしれません。
今この瞬間自分に降り注いでくる太陽の光や素晴らしい景色、おいしい空気の素晴しさにあまり気づいていないかもしれません。
現代文明というものは物質を鉱物というカテゴリーに分類し、科学的な観察の対象にしてしまいました。
そういう「思い込み」に閉ざされた思考のもとでは、古代人のような生き生きとした感性は窒息してしまうことでしょう。
しかし私たちは、私たちを取り巻いている世界に大きく目を開くことが出来ます。
自らそれを選ぶことが出来ます。
石の中に生命を見出す感性は私たちには本来備わっているのです。
石や木という素材に向き合いながら、文字通り対話していく中で、少しづつその中にある鉱脈を発見していくことになるでしょう。
ここ5~6年の間に私は鳥をテーマにした作品を作るようになりました。
50歳を過ぎたあたりから、私はもっと精神的な自由を希求するようになったのかもしれません。
Work of Senri 「青い鳥」 御影石

初心者が動物の抽象彫刻に挑戦するヒント 小さなワークショップ
雲や石の形から動物を感じる感性

皆さんは空に浮かぶ雲を見て「あ、あの形、犬に似てる」とか「鳥に見える」とか思ったことはないですか?
あるいは海に行ったときに、浜に落ちている石や流木などを見て、「あ、なんか動物っぽいな」とかそんな体験はないでしょうか?
そういう時、あなたの中の動物のイメージが、雲や石の形を借りて姿を現しているんですよ。
そんな時のあなたはアーテイストだということです。
なぜなら目に見えないものを見える(聴こえる、嗅げる、触れる)ように表すのがアーテイストだからです。
石粉粘土で小さな動物を作ってみよう
さて何か作ってみましょうか。
石粉粘土を使ってみましょう。(100円ショップでも手に入りますよ。)

手に収まるほどの量の粘土を、手遊びをするようにして何か形を作ってみてください。
あの雲や石の記憶を頼りに、楽な気持ちで。
耳や鼻の部分が出っ張っていたり、滑らかな背中の線を感じたり、ちょっと動物っぽく作ってみましょう。

出来上がったらよく乾燥させます。
石粉粘土のいいところは、固まった後にペーパーをかけてつるつるにできること。
海の石のまるーい感じを意識しながらペーパーをかけてみましょう。
滑らかなラインを意識して。

最初は120番位の粗いペーパーで形を整えます。仕上げに400番位をかけてみましょう。
完成した作品を眺めてみよう
出来上がったら作品をゆっくり眺めてみてください。
そう、雲や浜の石を眺めるときのように。
中学生の抽象彫刻|向き合い方とアイデアの出し方をプロが特別授業
https://www.milocompass.com/jrhigh-abstract-sculpture
動物の抽象彫刻で広がる表現の可能性 まとめ
今回は、私の彫刻制作の体験から、抽象動物彫刻について、私が実践してきた中で得た気づきや、古代の彫刻家たちや、ブランクーシの彫刻から得た考察を書き残す思いでつづってみました。
抽象表現は、私たちが技術的な制約を離れ、よりダイレクトに芸術体験をするヒントも与えてくれます。
これを読んでくださった皆さんが動物の抽象彫刻について、あるいはそれを表現することについて、興味を持っていただく契機になれば嬉しいです。
【徹底解説】抽象彫刻のアイデアの出し方 ~形を作る6つのアプローチ
https://www.milocompass.com/abstract-idea



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