こんにちは。ミロの羅針盤館長のSenriです。
ヴァチカン美術館にあるシスティーナ礼拝堂には、ルネッサンスの巨匠ミケランジェロ・ブオナローティ(Michelangelo Buonarroti)が描いた「最後の審判」があります。
今日は、ミケランジェロの「最後の審判」がどんな絵なのかについて、お話してみましょう。
この記事を読めば、
「最後の審判」の制作の歴史的背景
「最後の審判」の主な登場人物と構成
「最後の審判」における表現形式
「最後の審判」を描いたミケランジェロの意図と心情
などがよくわかりますので、どうぞ最後までお付き合いください。
最初に「最後の審判」の概要を示しておきます。
作品名:システィーナ礼拝堂祭壇画(通称「最後の審判」)
制作年:1536年〜1541年
制作時の年齢:60歳〜66歳
技法:フレスコ
大きさ:約13.7m × 12.0m
描かれた人物:約400人
場所:ヴァチカン市国 システィーナ礼拝堂
ミケランジェロが60歳で描き始めた「最後の審判」

カトリックの総本山、ヴァチカンの一角システィーナ礼拝堂に、ミケランジェロが「最後の審判」描き始めたのは、彼が60歳、すでに老齢に差し掛かる年齢でした。
システィーナ礼拝堂にある、もう一つのミケランジェロの傑作、「天地創造」が完成してからすでに24年もの歳月が流れています。
激動の時代 戦禍による国土の荒廃
この間、イタリアをめぐる情勢は大きく変化します。
ドイツ皇帝カール5世による「ローマの略奪」で、テヴェレ川に千もの死体が浮かんだといわれる激しい戦禍を経て、イタリア全土は荒廃していました。
ルネッサンス(文芸復興)の衰亡
そして、時あたかも16世紀、歩調を合わせるように、ルネッサンス衰亡の波が押し寄せます。
衰退の原因として挙げられるのが、豊かなルネッサンスの果実が庶民にいきわたらず、特権階級に独占されていたというものです。
文学史家のギラルドゥスは、ルネッサンスの守り手であるはずの、人文主義者たちの堕落を「虚栄」「自己崇拝」「王侯貴族への追従」などと弾劾しています。
「カトリックの伝統と権威、そして、混乱したヨーロッパ社会の秩序を回復しなければならない。」
との強い思いから、時の法王クレメンス7世をして、システィーナ礼拝堂の祭壇画の制作に、老齢のミケランジェロを指名させたと言われています。

後にパウロ3世がこの事業を引き継ぎます。
ミケランジェロの最後の審判 スキャンダルを巻き起こした裸体の群像

6年の歳月をかけて完成したミケランジェロの「最後の審判」は、内外に大きな物議をかもすこととなります。
キリストの審判を待つ400人以上の登場人物は、そのほとんどが一糸まとわぬ全裸。
聖職者を中心に非難の声が上がりました。
「最も神聖な場所に、淫らな裸体を描くとは何事か!」
ミケランジェロは、「神が自分の姿に似せて作られたのが人間である。裸体こそが最も神聖な姿なのだ。」と主張します。
マルティン・ルターによる宗教改革の余波

当時、マルティン・ルターによる宗教改革によって、ローマを中心とするカトリック教会は厳しい目を向けられていました。特に、教会が人々を天国に導くためのとりなしをする免罪符は強い批判を受けました。
キリスト教への信仰を求めることによって、人々を善行に導くメッセージを打ち出したい聖職たちにとっては、ミケランジェロのあまりにも大胆な裸体表現は、とても受け入れられなかったのです。
何世紀にもわたって腰布が加筆される
「腰布をつけよ」 との決定がなされたのは、ミケランジェロが亡くなって一年後のこと。
この仕事を遂行したのはミケランジェロの弟子、ダニエレ・ダ・ヴォルテッラです。
そのお陰で、彼は後世まで「ふんどし描き」と呼ばれるようになりました。
この「ふんどし」の加筆は19世紀まで続けられることになります。
現在では修復により十数枚が元に戻されています。
ミケランジェロの「最後の審判」は マニエリズム時代の先駆け
その一方で、少数ですが若手の芸術家たちを中心に「最後の審判」は新しい絵画の表現として絶賛されます。
リアルではあるけれども、プロポーションを無視した人物の描写。
形態は、それを貫く感情を表現するように、自在に形を変えていきます。
後に「マニエリズム」と呼ばれるこの表現様式は、ミケランジェロによって生み出されたのです。
ミケランジェロ芸術における信念の変容
ミケランジェロはこう証言しています。
「私は若い頃、絵画は彫刻の浮き彫りに近いほうがよく、浮彫は絵画から遠いほうがいいと考えていました。しかし今では違う考えを持つにいたりました。絵画も彫刻もその精神性においては同じものです。」
33歳から、同じくシスティーナ礼拝堂の天井画「天地創造」を描いていたころのミケランジェロは、自分を画家と呼ぶのを嫌い、彫刻家であることにこだわり続けていました。

描かれた絵も、あたかも画面の中に生きた彫刻が存在するかのようです。
形体から精神へ 切実な問いかけ
しかし60歳を超えたミケランジェロは、絵の中に、形以上に精神というものを描くことに集中していきます。
彼にとってはもはや、自身の信仰や神への問いかけ、そして人間という存在の切実さのほうへ主な関心が向けられていったのです。
ミケランジェロ「最後の審判」の主な登場人物を解説
ここで「最後の審判」に登場する主な人物像を簡単に解説しておきます。
キリストとマリア

中央で裁きを下すキリストは力強く右手を振り上げ、まさに今審判を下そうとしています。
キリストの動きに合わせて「最後の審判」画面全体がうねるように回転するかのようです。
その傍らでマリアは、人間の苦しみを慮るかのように視線を落としています。
十二使徒

キリストの弟子である十二使徒。
洗礼者ヨハネ、聖ペテロ、聖パウロなどがキリストを取り囲むように配置されます。
救いの象徴であるはずの使徒たちも、キリストの威厳と裁きの厳しさに戦々恐々とした面持ちを見せています。
ラッパを吹き鳴らす天使たち

画面中央やや下のほうに配置される天使のグループ。
天使たちに翼の表現はありません。
終わりの時のラッパを吹き鳴らす彼らの姿には、逃れられない運命の重さが宿ります。
地獄の看守カロン

画面右下で死者を地獄へ運び込む冥府の渡し守。
この絵の中で最も冷徹に「終わり」を告げる存在です。
地獄の審判人ミノス
画面最下方の右端に描かれているのは、地獄の審判人(裁判官)ミノスです。
このミノスの描写において、有名なエピソードがあります。
「最後の審判」の制作現場に、法王のお供で訪れた儀典長のビアージォ・ダ・チェゼーナが、
「法王の礼拝堂にふさわしくない。風呂屋か安宿向きの絵だ。」と酷評しました。
激怒したミケランジェロが、チェゼーナの顔に似せてミノスを描きます。しかもその体にはドロドロと大蛇が巻き付いていました。
ミケランジェロはこうしてうっ憤を晴らしたわけです。
抗議したチェゼーナに対して、法王パウロ3世は、
「煉獄でのことならまだ手の打ちようもあったかもしれぬが、地獄であっては私の力は及ばない。」
と返したと言います。
以前からミケランジェロの芸術を高く評価していた、パウロ3世は彼を擁護してくれたのですね。
「最後の審判」が公開後、「取り壊すべきだ」との意見もあった中、そうならなかったのは法王の意向が大きかったのでしょう。
地獄の描写はダンテの神曲から着想
ミケランジェロは、中世にダンテによって書かれた神曲から深いインスピレーションを得ていました。地獄界にいる、カロンやミノスといったキャラクターは、神曲から採用したものです。
検証
ミケランジェロ研究の第一人者、東北大学名誉教授の田中英道氏は、「最後の審判」は神曲の煉獄をモチーフにしているという仮説を示して提唱しています。
煉獄はダンテが神曲の中で最も克明に描いた世界観です。生涯の罪の深さに応じて救済の難易度が異なる世界。
田中氏は、「(ミケランジェロの中では)天国の描写もダンテの煉獄のイメージが基調になっている。そのようにとらえると画面全体の切迫した緊張感も理解できる。」と言います。
ラピスラズリの青の背景

祭壇画「最後の審判」の画面全体には、鮮やかな青色が配置されていて、全体の基調となっています。キリストが審判を下す際に満ちる、不安を表しているとも言われています。
Senri‘s Eye
私の印象では、人物群像の背景に施されている鮮やかな青色は、画面の中に、より神聖な生命の深淵を表しているように感じられます。
それは善悪を超えた空間であり、あらゆる舞台が展開される基盤のような場所です。
神聖かつ深淵な空間であることを表すために、非常に貴重なラピスラズリを使ったのではないでしょうか。
「最後の審判」の構図について

フィレンツェ サン・マルコ美術館蔵
「最後の審判」は祭壇などによく描かれる重要なテーマですが、キリスト教絵画として構図に決まりがありました。
多くは上下の構成に分かれ、天上界の玉座にキリストが座り、その周りにキリストの弟子である十二使徒が並んで座ります。その背後に聖者や天使などが配置される。
画面下方には選ばれた人たちがいる天国が描かれ、通常その下のほうに罰せられた人々がいる地獄が描かれます。
天国では皆それ相応の服を着ています。地獄で責め苦を受けるものは裸のままです。
ミケランジェロの「最後の審判」の特異な画面構成
ミケランジェロの描いた「最後の審判」ではこれらの決まりを全く無視したように、キリストを中心に、おびただしい数の裸体が、あたかも怒りの大渦を描くように配置されています。
中世に描かれた「最後の審判」において天上界にいる人々が安らかな表情をしているのに対して、ミケランジェロの絵においては、地獄にいる者だけでなく、キリストを囲む弟子の聖ペテロなどの十二使徒、多くの天上の人々にも平和はなく、キリストの審判の瞬間を、戦々恐々とした面持ちで見つめているところも、いまだかつてなかった表現になっています。
画面に満ちるミケランジェロの苦悩

美術史家アーノルド・ハウザーは、ミケランジェロの「最後の審判」について
「驚愕と絶望の絵画であり ~中略~ 混沌の底から沸き起こる救いと贖罪を求める叫び声である」と書いています。
「最後の審判」の表現にはミケランジェロの乱世に対する憤りと、侵食されていく価値観へのいら立ちが反映されていると言えるでしょう。
ミケランジェロ自身、戦争に振り回され、共和党側の軍事責任者として共に戦った仲間を裏切ってしまった自身の弱さに傷つき、打ちひしがれていました。
年齢を重ねるにしたがって、ミケランジェロの悩みは大きくなっていきました。
その悩みと混沌が画面に表れていることは明らかです。
引き裂かれる自画像

例えば、キリストのすぐ下で、(受難によって)生皮を剥がれたバルトロメオが手に持っている自身の皮は、ミケランジェロの自画像だといわれている事実です。
神への信仰を心に保ちながら、大事な時にはその御心をいつも裏切ってしまう自分自身は一体救われるのか、地獄へ落ちるのか。
そういう心の葛藤が、天国と地獄の間にぶら下がっている、生皮のあの情けない表情に表現されている。
根源的な問い 不屈の精神で苦悩を美に結晶させる
しかし、この絵画ではそれらの抗しがたい苦しみを乗り越えていこうとする、不屈の意思が全体を覆っているのも事実です。
信仰に対する疑念という、自らの存在の崩壊の危機にあって、その最も深い絶望と闇を凌駕しようとする、ミケランジェロのすさまじい執念をそこに見ることが出来ます。
家族のために仕方なく罪を犯す人間は罪人なのか?
非の打ち所の無いように見える善人は、本当に神の御心にかなうのか?
神はどんな基準で救う者と、裁く者を分けるのか?
このような根源的な問いが、あの激しい画面全体を貫いているのです。
ミケランジェロの「最後の審判」に学ぶ まとめ

今回は、システィーナ礼拝堂の祭壇画ミケランジェロの「最後の審判」についてお話してみました。
「天地創造」が完成してから「最後の審判」を描くまでの歳月は、イタリアにとってもミケランジェロ自身にとっても激動の時代でした。
ミケランジェロが、自らの作品によって歴史に打ち立てたルネッサンスの理想は、自身に降りかかるあまりにも過酷な現実によって、残酷にも削り取られていったのです。
その極限と絶望の中でもミケランジェロは作品を作り続けます。
ミケランジェロが、その闘争から残したものの中に、私たちは何を見つけることが出来るでしょうか。
編集後記
2003年に単身システィーナ礼拝堂を訪ねたとき、修復作業のためか覆いが被せられており、残念ながら「最後の審判」の実物を見ることは出来ませんでした。しかし幸運にも天井画「天地創造」を見ることが出来たので、この時の印象は別の記事に記しています。同じくバチカンではミケランジェロの若き日の傑作「ピエタ」も見ることが出来ました。
この時の旅では、フィレンツエを訪ね、アカデミア美術館でダビデ像や奴隷像も目の当たりにすることが出来ました。
今回の記事は、これまで読んだ伝記や、他多くの資料を参照しながら書いたものです。
ミケランジェロの作品は、長い間、私にとって大きな指標となってきました。
歴史に残るこれらの作品が、生み出された背景をたどる作業は、ミケランジェロの作品を深く知るうえで大切な時間となりました。
今日は、最後まで話に耳を傾けていただき、心から感謝いたします。
参考:MICHELANGELO 世界の大画家シリーズ 高田博厚 田中栄道
図説 ミケランジェロ 青木 昭
ミケランジェロの創造 利倉 隆
イタリア紀行 ゲーテ
新・私の人物観 池田 大作
ミケランジェロ伝 コンディヴィ
ミケランジェロの生涯 ロマン・ロラン
美の巨人たち 転載、その華麗なる苦悩 日本経済新聞社編










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