鉄の彫刻家の元祖フリオ・ゴンサレス 石の彫刻家が語る世界の彫刻①

ミロの羅針盤館長のSenriです。

「抽象彫刻の作家って、結局どんな人なの?」

美術が多様化した今、最初の一歩でつまずく人は多いと思います。

彫刻家として長年この分野を歩んできた私が、その源流に立つ“鉄の彫刻家の元祖”フリオ・ゴンサレスのエピソードから私たち自身の創造性に関するヒント」を紐解いていきます。

20世紀以降、美術表現は大変多様になりました。

多様化したそれぞれの分野に、すでに価値が決定されて権威となった「美の体系」があふれているように見えるのは、ある面では豊かなことです。

しかし、これから美術を学んでいこうとする者にとっては、「どこから始めたらいいのか」とかえって混乱してしまう状況ともいえます。

そこでこのシリーズでは、私が長年歩んできた彫刻の分野を中心に、これらの豊かな果実が生まれるインスピレーションのもとになった「歴史上の生きた出来事」に焦点を当ててみたいと思います。

第一回目は、それまでの彫刻の在り方を覆した、「鉄の彫刻家 フリオ・ゴンサレス(Julio González)」です。

ぜひ最後までお付き合いください。

鉄の彫刻家フリオ・ゴンサレス① 若き日に画家の道を目指す

鉄の彫刻家フリオ・ゴンサレス  職人の技とパリへの移住

出自への信頼

金工職人の父を持つフリオ・ゴンサレスは、家業である金工技術を幼いころから身につけました。
そして自ら金工職人としての職を、生涯手放すことはありませんでした。

この身にしみ込んだ金属というものへの透徹した技術、そして職人としてのあり方が、人生の初期に画家を志したゴンサレスを、最終的に彫刻家へと導くことになります。

家長である父が亡くなり、新しい生計の場を求めて一家は、慣れ親しんだバルセロナを離れてパリに移住することとなります。

Senri’s Eye
私は石彫を選びましたが、家業が土木業をしていたこともあり、現場で大きい石を見たり触れたりしていたことがやはり影響したのかな、と思ったりします。

当時不況にあえぐバルセロナに対して、世界中から新しい産業が集まり、経済の中心になりつつあったパリは、一家が金工仕事を得るのにはうってつけだったのです。

出会いが導く新たな創造

それと同時に、画家になる野心を胸の内に秘めていたゴンサレスは、当時パリに集まってきていた同じくバルセロナ出身のパブロ・ピカソら、多くの芸術家たちと知り合うようになります。

鉄の彫刻家フリオ・ゴンサレス 伝統的な彫刻と金工技術のあいだで

模索の時間

ゴンサレスは生活を支えるために金工装飾の仕事をつづけながら、芸術活動も継続していきます。この頃は、ポール・ゴーガンロートレックの影響を感じさせるグアッシュ(不透明水彩)やデッサンを残しています。

その中に、ロダンに影響を受けた少数の彫刻作品もありました。写真を見ると、ゴンサレスの彫刻的な素養を伝統的な塑像制作の中にも見て取ることができます。

また、この時期の作品には、彼の金工技術を生かした「金属の打ち出しによるマスク」も制作されていました。

鉄の彫刻家フリオ・ゴンサレス② 「空間の彫刻」の誕生

鉄の彫刻家フリオ・ゴンサレス  ピカソとの共同制作 「空間の彫刻」の誕生

ゴンザレスの運命を大きく変えたのは、自動車メーカー「ルノー」(後年、日産自動車と提携)の工場での経験でした。

自身が持つ強みが生きる瞬間

そこで3か月間、溶接見習いとして働いた時に身につけた「溶接技術」が、その後のゴンサレスの「空間の彫刻家」としての道を切り開くことになります。

1928年、パブロ・ピカソは、古い友人であるゴンサレスに、依頼を受けていた詩人ギョーム・アポリネールのモニュメント制作のサポートを依頼します。

ここで、ゴンサレスはピカソに溶接技術を教えました。

ところが、新しい技術を得て発想したピカソのモニュメント案は、当時は斬新すぎて、依頼した委員会の意に添わず見送られてしまいます。

しかしこれを契機に、ピカソとゴンサレスの共同制作が始まっていくことになります。

歴史的瞬間!

空間に直接絵を描くような彫刻

鉄の板片やスクラップなどを自由に組み合わせて作品を作ろうとするピカソを、ゴンサレスは自らの技術で支えました。その過程の中で、二人は空間に自在に組みあがっていく全く新しい芸術の在り方に目を見張りました。

それは、空間に直接絵を描くような、それでいて強い存在感を持つ素材が、空間と分かちがたい関係と流動的な緊張感を生み出す、これまでの彫刻とは全く異なったあり方を示すものでした。

ポイント!
ここでのポイントはゴンサレスが身にしみ込ませた金工の技術が、ピカソの自由な発想と出会うことによって、これまで双方が想像しえなかった芸術が誕生することになったことです。

Senri’sEye
私も作品制作に際して、それまでの経験や積み上げてきた技術が、新しい考えや刺激に反応して前に進めることを実感してきました。

ピカソはその後も、スクラップを寄せ集めたアッサンブラージュ(立体的なコラージュ)や、板を構成した立体的な支持体に油絵の具で顔や人物を描いた作品などを作り続けていきます。

鉄への愛着と信頼

一方、ピカソとの共作で自らの方向に決定的なビジョンを見つけたゴンサレスは、ピカソとは違い、自らの「金工職人としての出自」に沿った制作を展開することになります。

ゴンサレスの彫刻は鉄という素材感を前面に打ち出すもので、それまでなかった「鉄を使った芸術」の分野を、未来に対して大きく切り開くことになりました。

鉄の彫刻家フリオ・ゴンサレス③ 次世代へ受け継がれる「鉄の彫刻」の遺伝子

ゴンサレスが拓いた「鉄の彫刻」は、のちの世代の彫刻家たちに鮮やかに受け継がれていくことになります。

フリオ・ゴンサレスの影響 デイビッド・スミス

デイビッド・スミス「Primo Piano」作品作りでは即興性を大切にしたそうです。

 

アメリカの彫刻家デイビッド・スミスは、「最初は画家を志望していた」という点で、ゴンサレスと同じ出発点を持っていたと言えます。

それに加え、スミスも若い学生時代に生活を支えるために「溶接工」として働いた経験があり、境遇がよく似ていました。

インスピレーションと新たな可能性

しかしスミスにとって、当初の溶接仕事はあくまで生活を支えるためのものであり、芸術と結びつくことはありませんでした。

スミスは、ピカソとゴンサレスが共作した作品の写真を初めて目にしたとき、「鉄が芸術になりうる」ことを知ったと述懐しています。

その後、スミスは鉄の彫刻家へと舵を切ります。

鉄板や鋼材を溶接し空間に配置していく新しい彫刻のスタイルは、ゴンサレスに影響を受けたものであることを、彼は自ら誇らしげに宣言しています。

アンソニー・カロ そして エドゥアルド・チリーダへ

そして、そのスミスの手ほどきを受けて鉄の彫刻を始め、さらに新たなスタイルへと発展させていったのがアンソニー・カロです。

ゴンサレスと同じくスペインからは、鉄を独自の造形に昇華させたエドゥアルド・チリーダもこの系譜に連なります。

多様な個性による発展

現在、空間をキャンバスに見立てた抽象彫刻は、ここから多様な発展を遂げることとなりました。

アンソニー・カロ 鉄の彫刻
エドゥアルド・チリーダ彫刻

鉄の彫刻家フリオ・ゴンサレス④ 激動の時代と人間の尊厳:具象への回帰「モンセラ」

最後に、ゴンサレスの彫刻表現の「内面的な側面」についても触れておきたいと思います。

抽象具象を超えて表したいこと

20世紀初頭の新しい芸術表現形式を追求する時代精神の中で、ゴンサレスも同じように、新しい表現の追求に持てる力の大部分を注いでいたと言えるかもしれません。

しかし晩年になって、スペイン共和国政府に対して陸軍の将軍たちが起こしたクーデター(スペイン内戦)が勃発したとき、ゴンサレスはそれまであまり見せなかった、直情的な感情を作品の中に表すようになります。

彫刻モンセラのためのデッサン

この内戦中、ゲルニカ市において無差別爆撃が行われ、多くの市民が犠牲になったことに対する抗議として、ピカソが『ゲルニカ』を制作したのは有名です。

フリオ・ゴンサレスの「モンセラ」とピカソの「ゲルニカ」

一方、ゴンサレスは、一般的な女性の名前である『モンセラ(Montserrat)』という古典的な具象彫刻のシリーズを作りました。

  • 腕を上げ、目を見開いて叫び声をあげるような表情をしているモンセラ。

  • あえて抽象彫刻を中断してまで、ゴンサレスが表現したかった「暴力への拒否」という強い意思と激しい感情。

ゴンサレスの死まで続いた「モンセラ」のシリーズの制作は、スペインの内戦から第2次世界大戦へ向かう悲劇的な時代の中で、人間の尊厳を叫んだ一人の芸術家の魂のありかを示し続けています。

(参照:フリオ・ゴンサレス展カタログ)

鉄の彫刻家フリオ・ゴンサレス⑤ 創造は「生きた経験」から生まれる 〈おわりに〉

このシリーズで私が試みているのは、美術における創造というものが、テキストの学びからくるものではなく、「生きた経験と機会から生まれること」を示すことにあります。

鉄の彫刻家フリオ・ゴンサレス 自身への信頼

あらゆる創造行為において、一つ一つの選択や決定に際し、「自分の直観をよすがとすること」を思い出す必要があります。

自分の創造性への信頼を

私個人としては、美術を志す者が、美術の歴史を網羅的に学び、そこからの知的な飛躍によって新しいものを生み出していこうとする在り方がある一方もっと素朴な創造の機会をとらえて、豊かな果実を生み出す流れがさらに大きくなってほしいと思っています。

この記事が、美術を志す皆さんのお役に立てば幸いです。

最後の写真は、私Senriが20代の若き日に挑戦した鉄の彫刻です。

Iron Work
私Senriが20代の若き日に挑戦した鉄の彫刻。スクラップを溶接して制作。ソリッドな鉄の素材が自在に空間に伸びていく様に心を奪われました。
Senri’s Iron Work